従業員による横領
EMPLOYEE EMBEZZLEMENT
シロアリ駆除会社で、信頼されている従業員が利益をかじり取る
Trusted employee gnaws away profit at termite control firm

ウィリアム・R・カウピラ(CFE/CPA) 著
By William R. Kauppila CFE, CPA



 大学の教授である著者は、横領犯に関する新聞記事を読み、その会社のオーナーにインタビューをし、その成果を自らの講義で披露している。ここにビジネス・オーナーに対する警告と、不正検査士に対する教訓を紹介する。

 その朝、わたしは朝食中に、アロハ・シロアリ害虫駆除会社の前オフィス・マネジャーであるジョアン・ロドリゲス(Joanne Rodrigues)という54歳の女性が、自分の会社から90万米ドル近くにも及ぶ横領を働いたという地方紙の記事を読んだ。彼女は、1年の禁固刑を言い渡され、5年の保護観察下に置かれた。そして、彼女が3年半に渡って盗んだ現金の返還を命ぜられた。

 わたしは、その夜に、ハワイ・ホノルルの チャミネイド大学(Chaminade University)のMBAプログラムにて始めようとしていた不正に関する講義で、その事件を取り扱うことを決めた。なぜなら、その事件には横領に関するいくつかの基礎原理が含まれているだけでなく、さらにいくつかの疑問点が存在していたからである。

 彼女の事件を追っていくと、ロドリゲスはギャンブル問題を抱えていたことを告白している。しかしながら、地方副検察官は、問題は「単なる貪欲さ」であると言い放った。記事によれば、ロドリゲスは業務上の薬品を買うために小切手を振り出したが、その後、自分自身でその小切手を換金している。会社のオーナーであるショーン・マレイ(Shawn Murray)は、ロドリゲスを親友だと思っていたと言う。彼の初めて生まれた子供にとって、ロドリゲスは名付け親であった。「彼女は、いつも数字を見せてくれて、その数字は正しいように思えた。彼女は請求書に対して支払いをしていたし、(経済的に)困難なときでも、心配するなと言い聞かせてくれた。そうして、我々は共に困難を乗り切ってきたのです。その間もずっと、可能な限りのお金を着服していたなんて。」1

 わたしはこの記事を読みながら、この横領事件には、わたしが知っているその他多くの横領事件と多くの共通点が存在することを見出さずにはいられなかった。その共通点とは、

 ・閉鎖企業(closely held company)である。

 ・ オーナーが、会社の財務を握る一人の従業員にすべての権限を与え、その従業員に全幅の信頼を寄せている。

 ・その従業員の業務に対して、まったく、もしくは最小限の再確認しか行わない。

 ・その従業員は、オーナーにとって極めて身近であり、「家族」のように思われている。

 ・その従業員が会社から横領を働き、企業は危うく倒産にまで追い詰められる。





 その夜、わたしと学生たちがこの事件について学んだとき、我々は明らかにされていなかった2つの重要な問題点を見逃した。それは、いかにしてロドリゲスは捕まったのか、なぜ3年半もの間、彼女は捕まることなく横領を続けることが出来たのか、という点である。

 それら疑問の答えを得るため、そして事件に関する更なる情報を得るために、わたしはマレイに電話をした。彼は、わたしのインタビューの依頼を快諾してくれた。そして、数日後、彼のオフィスで我々は会い、わたしはいくつかの詳細を得た。

 マレイは、25年間に及ぶ調査関連会社勤務の後、6年前にホノルルで害虫駆除会社を立ち上げた。事業を開始してまもなく、マレイは、唯一の経理兼オフィス・マネジャーとしてロドリゲス(我々は、彼女をJRと呼ぶこととした)を雇用した。彼らは以前、別の会社で同僚として働いており、そこで彼らは知り合った。マレイは、彼女を雇用する際に経歴調査を行わず、彼女に会社の財務に関するすべての権限を与えた。

 JRは、勤務を始めた月から横領を開始した。最初は少額だったが、やがて彼女の横領額は増加していった。3年後、彼女はわずか1ヶ月間で7万8千米ドルを横領した。3年半の間に、JRはおよそ120万米ドルを横領していた。ホノルル警察によれば被害額は90万米ドルであるが、会社はさらに30万米ドルが不明であると明らかにした。

 JRは、自分自身や友達に小切手を振り出したり、個人的な経費の支払先や小口現金に対して小切手を振り出して、現金を横領していた。彼女はまた、会社のクレジットカードから不正に現金を引き出していた。それらの現金は、彼女や彼女の友人の銀行口座に預金され、会社の帳簿上では「材料仕入」として記載されていた。

 この時期、会社は財務的に困窮していた。会社は、経費を切り詰め、従業員を解雇し、事業を継続するために融資を受けていた。マレイと外部の公認会計士は、JRによって作成された財務報告書の精査に力を入れたが、原資料に目を通すことを全く考慮していなかった。マレイは、会社を売り払うことや、破産申請を真剣に考えていた。

 JRは、すべての会計記録を完全に管理しており、他の従業員が会計記録に関与することを嫌った。しかし、支払い済みの会社小切手の再確認を試みた23歳の従業員が不正を発見した。

 マレイは、直ちに彼女を解雇し、ホノルル警察へ連行した。調査、告訴、そして起訴を経て、JRは第一級の窃盗と、偽造および資金洗浄(マネーロンダリング)の有罪判決を受けた。

 マレイは、JRのかつての3人の雇用主と話し、彼女がすべての職場で横領を犯していたことを知った。(当然、彼女の雇用主は、彼女を雇用する前に経歴調査を行っていなかった)マレイは、横領された120万ドルを全く取り戻していない。しかしながら、マレイは多くの期待を持つことは出来ない。なぜなら、JRは実際にギャンブルで問題を抱えており、横領した現金をすべて使い果たし、彼女の唯一の資産は1台の中古車だからである。

 マレイは、横領によって抱え込んだ負債を少しずつ返済している。そして、債権者や顧客の信頼回復に努めている。

 厳しい試練は、感情的なストレスとなって、マレイと彼の家族を苦しめている。彼らの会社は家族経営同然であったため、信頼していた家族の一員が、彼らの信用につけこんだことは、マレイ一家を大きく傷つけた。マレイは酒にはまりだし、彼と彼の妻はしばらくの間、別居状態であった。この事件から完全に立ち直ることは出来ないであろう、彼らはわたしにそう告げた。

 マレイは、JRに対し多少の憤りを抱いているが、彼と彼の妻は、JRが自らの人生を台無しにしてしまったことに同情している。しかしながら、彼らは、機会さえあればJRが再び横領を犯すであろうと信じて疑わない。

 この横領によって、マレイは多くの貴重な教訓を得た。社内での将来の横領を抑制するべく、彼はいくつかの内部統制の確立を試みている。我々は、不正を犯す機会を与えてしまうような様々な業務領域について話し合った。例えば、従業員個人の自家用車に対する商業トラック用のクレジットカードの不正使用や、会社の設備や消耗品の個人請負業務への不正使用などである。マレイは、自身の会社において横領の機会が依然として存在することを認知しており、継続して警戒する必要性を感じている。

 わたしの彼に対する最後の質問は、「なぜ、わたしに話すことを快諾したのか」であった。彼は、この横領が、自分個人や、自分の会社や、自分の家族にとって不幸であればあるほど、その教訓を他の者にも学んで欲しいと願っている、と話した。マレイが、自分と同じような立場にある人に学んで欲しいと思う、いくつかの端的な教訓は、次のようなものである。

 ・ 従業員を信頼しつつも、彼らの仕事を検証する。財務取引を扱う従業員の業務は、定期的に別の者に監督させる。

 ・ 不正行為は許されないということを全従業員に知らしめるため、健全な社風を醸成する(set the right tone in the company)。

 ・ 銀行残高証明書(bank statement)はすべて未開封のままオーナーに届くように手配する。すべての小切手の表面と裏面をチェックする。

 ・ 実際の業績が自分の予想と違っているときは、常に、事業に対する自分の理解力を駆使して調査を実施する。



横領には、複数の罪が含まれている
(EMBEZZLEMENT INCLUDES A MULTITUDE OF SINS)

 横領とは、自分の利益のために、悪意を持って他者の財産を取得する、あるいは(現金や他の資産に)転換することと定義される。(第三者の利益のために、悪意を持って他者の財産を取得する、あるいは(現金や他の資産に)転換することである不正使用(misapplication)も、しばしば横領と共に発生するが、明確に異なる罪である。)

 以下に、より一般的な不正の手口(schemes)の例を挙げる。

虚偽の会計仕訳
 従業員が自分の勘定を貸方計上するため、または顧客口座からの窃盗を隠蔽するために、総勘定元帳に借方計上する。

未承認の現金引き出し
 従業員が承認を得ず、顧客の口座から現金を引き出す。

外部者への未承認の支払い
 従業員が、外部の共謀者のために盗んだり偽造した物品を現金化する。

銀行口座からの個人費用への支払い
 従業員や役員が、個人的な請求書への支払いを銀行に命じ、その後、その金額を銀行接待費(bank expense accounts)に計上する。

有形資産の窃盗
 従業員や請負業者が、オフィスの設備や、建設資材や、銀行内の備品などを持ち去る。

顧客の休眠口座や凍結口座からの現金の移動
 見せかけの権限を有する者が、口座間での現金を移動するために仕訳をしたり、顧客からではない注文を通す。銀行および金融機関に関する百科事典(The Encyclopedia of Banking and Finance)では、休眠口座(dormant account)を、「動きがほとんど無く、増加することもない小額残高の銀行または、仲介手数料口座…」と定義している。口座名義人と連絡を取ることは不可能であり、こうした口座は二重管理に置かれ、動きのある勘定元帳に記録される。州法では通常、一定の年数を経過すると州庫帰属(没収金)として州に収用される。
 銀行および金融機関に関連する百科事典では、凍結口座(inactive account)を、「変動の無い、あるいは減少している残高であり、預金も引き出しもほとんど無い銀行口座、または、仕入や販売といった取引のほとんど無い仲介手数料口座と定義している。」もし、銀行が口座名義人と連絡を取れないならば、その口座は上記のように休眠口座となる。しかし、口座名義人が高齢であったり、障害者である場合には、口座から誤って現金が流出することが考えられるため、こうした口座は凍結口座として扱われることになる。

未承認や、未計上の現金支払い
取締役、役員、あるいは従業員が、自分や共謀者に直接現金を支払い、その支払いを記録しない。

担保物件の窃盗や不正使用
従業員が、自分や共謀者のために、担保物件や回収品(collateral or repossessed property)を盗んだり、売却したり、不正に使用する。

出典:ACFE不正検査士マニュアル2007



ウィリアム・R・カウピラ氏(William R.Kauppila)は、CFE、CPAは公認およびフォレンジック会計に38年間携わってきた。シアトル(ワシントン)・パシフィック・大学にて教授、およびハワイ・ホノルルのチャミネイド大学にて非常勤講師として、彼は両大学で初となる不正対策の講義を担当した。



「横領事件で1年の禁固刑を受けた女性」ホノルル新聞(The Honolulu Advertiser)2005年1月11日


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